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葛飾北斎(1760〜1849)は、我が国を代表する浮世絵師です。北斎は、安永7年(1778年)、浮世絵師勝川春章に入門しました。春章のもとでは勝川春朗として勝川派の様式に準じた役者絵や美人画を習得していましたが、次第に独自の様式で作品を描くようになり、勝川派を離れ、江戸琳派俵屋宗理の名前を襲名して美人画や摺物を中心に活躍しました。寛政10年(1798年)、北斎辰政を名乗ると陰影の強い西洋画の表現にも関心を示し、錦絵、摺物の他に狂歌絵本や読本の挿絵、肉筆美人画など幅広い分野を手掛け、それぞれの分野で頭角をあらわすようになりました。さらに、文政(1818年〜30年)末から天保(1830〜44年)初期にかけて、江ノ島詣、伊勢参宮や富士講などにともなった庶民の旅の流行は「冨嶽三十六景(大判四十六枚)」出版の起因となり、この作品により北斎の名前は不動のものとなりました。この「冨嶽三十六景」シリーズは、構図の奇抜さや大胆さ、色彩の鮮やかさから、後にヨーロッパの芸術家、特にゴッホやドガなど印象派の画家達に大きな驚きと影響を与えました。さらに、北斎の富士山に取り組む意欲は、『富嶽百景』(三冊)へと続きます。 本展は、北斎の二大富士シリーズ「冨嶽三十六景」の全46図に同図ながら彩色が異なる4図を加えた50点、『富嶽百景』は102点に、極めて早い時期に摺られた原本3冊の合計155点を紹介し、北斎にとって富士とはなんであったのかを探ります。
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