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インタビュー

2018.11.26


− 特集 − 作家は語る 硯刻家 名倉鳳山


硯に刻む 日本の技と美

[五代 名倉鳳山 硯展 
2018年12月5日(水)→11日(火)開催 
松坂屋名古屋店本館8階美術画廊]

多くの人が「硯(すずり)」と聞いてイメージするのは、習字の時間に使っていた学童用品の硯ではないでしょうか。真っ黒で四角い、みんな同じカタチをしたもの。そんな墨を磨る「道具」のイメージが強い硯を、国が認める「工芸品」にまで価値を高めたのが硯刻家の五代 名倉鳳山先生です。

鳳山先生は、鳳来寺山の麓にある店舗兼工房、鳳鳴堂硯舗の五代目当主。12月5日から開催される[五代 名倉鳳山 硯展]は、鳳山先生が一つひとつ手作業でつくった硯の数々を間近でご覧いただける貴重な機会です。インタビューでは、硯の造形美や選び方などについて興味深い話をお伺いできました。

知識と職人技の融合

私は、先代である父の「日本の硯を発展させていくためには、職人の腕だけでなく、造形の知識も必要」という考えから、高校も大学も美術系の学校に進学しています。当初は硯屋を継ぐ気はなかったんですけどね。でも名古屋と東京で楽しい学生時代を過ごさせてもらった。親孝行の意味もあって、学んだことを硯づくりへ活かそうと帰ってきたんです。

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四代 鳳山のもとで修行をはじめてからの2年間は、毎日石を平らに削ることだけやっていました。大工さんでいうカンナがけみたいなものですね。いかに手できれいに削れるかを、いろいろな石でひたすら。でも2,3年職人の技術を学んだ後は、わりと自由になんでも好きなものをつくらせてくれました。ですから、実用的なものもつくりながら腕試しで出展もしていた。そしてひとつの成果が出たのが「無陵硯(むりょうけん)」です。

日本人がつくった硯として、初めて国が認めた「無陵硯」

日本の美とは何かということを考えている中で、古代の日本人がつくった前方後円墳に見られる、盛り上がった「陵」がひとつの大きなテーマとしてありました。それが少しずつ変化して、陵という意味合いで彫っていた部分をなくしたのが「無陵硯」。この作品が日本工芸会奨励賞を受賞し、国から初めて買い上げられた日本の硯になりました。それまで評価されてきた硯は中国のものでしたから。

無陵硯 205×145×50mm

中国には、墨を磨って字を書き、法律をつくることで国を治めてきた歴史が根づいています。だから素晴らしい硯を持つことはステータスだったんですね。日本では、刀のような武器が権力の象徴でしたから、中国のように硯の価値は上がらなかった。私のつくった硯も、日本的なものとして価値が上がるのかは後の人の評価です。硯をいかにただの道具から工芸まで引き上げていくか、日本的な美とは何か、ということの中で相変わらず試行錯誤しています。

硯として 作品として つくり手の心

平ノミや丸ノミを使って石を削っていきます。石は硬いですから、手首を痛めないように肩を使って削るのが硯屋の特徴です。平らに石を削るとき重視するのは、墨(炭素)と水という物理的に絶対混ざらないものを、いかにこの石の性質で100%混ざった状態に近づけてあげられるかということ。この部分では変に自分のこだわりを出さないようにしています。

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何度も何度も繰り返し削って平らに。石を削る音がリズム良く響く

ひとつの作品をつくるのに1ヶ月半〜3ヶ月かかります。基本的にはデザインを考えてから削りはじめるんですが、石の模様を見て変化させていくこともありますね。工芸っていうのは扱う素材が自然のものですから、石そのものが持つ強さを出すときも、逆に消すときもあって、常に石の状態を考えてつくっていかなければなりません。私の場合は複数を並行してつくっていくことはせず、一個一個つくっています。非効率的ですが、作品の造形を大事にするためです。

硯は一期一会の出会い

実際に使うとなると、墨との相性の話になります。例えばおろし金で大根をおろしたとき、100円ショップのものと浅草の職人さんがつくったものとでは、粗さとか水気が違ってくるわけです。わさびをおろすなら、鮫皮がいいとかね。そこに自分が磨った感覚の好みも加わりますから、「一番いい硯」っていうのは人それぞれなんです。

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鳳来寺山の麓で産出される「金鳳石」「鳳鳴石」「煙巖石」を使ってつくられた硯は、「鳳来寺硯」と呼ばれる

硯で墨が磨れるのは、石に含まれる水晶や黄鉄鉱などの非常に細かい粒子が突起になるからです。この微粒子が、いかに綺麗にうまく入っているかというのは、その石の生まれ持ったもの。同じ所にあっても10センチ違えば変わるものです。石は自然のものなので、出会いは一期一会。カタチは同じにできても、細かな模様や磨った感覚までは同じにできません。もし気に入ったものに出会えたらその場で買わないと、同じものは手に入らないんですよ。

今回の個展が「硯」を知ってもらう機会になれば

硯自体を、名倉鳳山という硯をつくっている人がいるということを、まずは知ってもらいたい。そして実際に見てもらったり、磨ってもらったり、今までと違うカタチで新しい提案ができればいいなと思っています。どんな趣味でも、ある程度それなりの道具を持つと楽しく続けられるものです。上手い下手ではなく、自分好みの硯を使って自分にしか書けないラインを出すのもおもしろいと思いますよ。

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想像を超えるなめらかな感覚も、自分で磨ってみなければ味わえない

会期中は鳳山先生が毎日在廊予定です。いろいろな種類の石と墨で、試し磨りができるコーナーもご用意。ぜひご自身で、硯との一期一会をお楽しみください。

【略歴】

  • 1953年 愛知県鳳来町(現・新城市)に四代名倉鳳山(正康)の長男として生まれる
    1972年 愛知県立旭丘高校美術科卒業 
    1977年 東京藝術大学彫刻科卒業
    2003年 五代鳳山襲名
    2010年 新城市無形文化財に指定される

【受賞歴】 

  • 1997年 第44回 日本伝統工芸展奨励賞受賞 文化庁買上
    1999年 第21回 都市文化奨励賞受賞
    2003年 愛知県芸術文化選奨文化賞受賞
    2013年 第33回伝統文化ポーラ賞地域賞受賞
    2013年 第60回日本伝統工芸展奨励賞受賞
    2015年 鯱光会顕彰受賞
    現在(公社)日本工芸会理事
    (公社)日本工芸会東海支部幹事長
    CBC倶楽部会員

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