インタビュー
2018.05.30
-特集-
アートとサイエンスの融合を信条に、伝統を乗り越える挑戦
[第三回 中村元風展
6月6日(水)→12日(火)開催
松坂屋名古屋店本館8階美術画廊]
生物学の研究者から陶芸を志し、現代美術家として活動するという異色の経歴を持つ中村
幼い頃から追い求めてきた「生命への関心」
幼い頃から生命への興味を抱き続けた中村元風先生は、大学、大学院と生物学を専門に研究しました。しかしそこで行ったのは、個体群生物学といって動物の個体数を数学的に解析するというもの。生命の来し方行く末、その本質とは、という問いに向き合ってきた先生は、生命を数字で扱うということに違和感をおぼえるようになりました。
「そんなおりに目の当たりにしたのが、陶芸家である祖父の姿でした。生き生きとした動植物を描いた作品を制作する祖父を見て、自分の進むべき道は芸術だと確信しました。私にとっての芸術は、生物学の理想的実践が出発点となっています」
サイエンスによって伝統的芸術に迫る
科学者というバックボーンを持ちながらアートの世界に飛び込んだ中村先生は、「アートとサイエンスの融合」という独自の理念によって、新しい芸術の創出に挑みます。
その理念を具現化したのが「今九谷」です。「巨匠や名品と呼ばれる過去の作品は、とかく神格化されがちです。しかし完璧ということはありえません。今九谷とは、巨匠や名品に尊敬と感謝を持ちつつも、それらが成し遂げられなかった面に注目し、現代のアートとサイエンスのちからを総動員して乗り越えていくという挑戦です」
歴史の積み重ねを土台にしつつ、新しい技術や素材を使った表現を模索することで、その時代だからこそできる作品を生み出す。そうして続いてきた伝統に、経験や感覚だけに頼らない科学的なアプローチを加えることで、伝統を超えた進化を目指したのです。
輝く水を永遠化した「グレイズ」という発明
作品を制作する際の素材は、どこかで買い求めたものを用いるのが一般的です。しかし中村先生は、自分が思い描いた世界を表現するために、理想的な素材そのものを創り出そうと決意。その研究には、非常に繊細で精度の高いスケールを使うなど、科学的な根拠や裏付けを持って取り組みました。
「サイエンスの使命をひと言で言えば、分からないことを解明し、ないものを創り出すこと。一方、アートの使命は、サイエンスが明らかにした事実や成果を踏まえ、いかに生きるべきかを社会に問いかけることです」
そうして28年もの年月と資財の大半を投じて完成させたのが、雨上がりに日光を浴びて輝く水(水滴)のみずみずしい様を永遠化した「グレイズ」です。一滴の水も含まれていないにも関わらず、濡れていると錯覚するほどの潤いと水が流動する様を封じ込めることに成功しました。水とは生命の源であり、生命とは水の塊。グレイズを使った作品は、人が水に触れたときに感じる清らかな心の潤いをテーマとしています。
アートとサイエンスの融合が放つ、鮮やかなエネルギー
中村先生の挑戦は素材の開発だけにとどまらず、技法や色彩でも独自の表現を生み出しました。そのひとつが、素材をふっくらと立体的に盛り上げる「ふくら手」です。
「ふくら手は三度以上の塗りと焼きの層を重ねる表現技法です。色彩や立体感を際立たせるだけでなく、時間やエネルギーを重ね合わせています。完成した作品には、空間の雰囲気をがらりと変えるほどのちからが宿ります」
今回の展覧会に出展されるのも、接することでエネルギーを得られるような作品たち。
「私の名前である「元風」は元気の風に由来しますが、その名の通り、作品から元気を受け取っていただければ作家冥利に尽きます」
伝統的な陶芸作品のイメージにはないような鮮やかな色彩や独自の技法の作品は、見る人に新鮮な感動を与えることでしょう。一つ一つの作品に込められた物語や世界を、ぜひ一度感じてみてください。
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