2021 PRECIOUS WATCH FAIR
15/48

優れた時計を作りたいという時計師の願いが昇華 始3421まりは懐中時計の時代のこと。ムーブメントの状態で極めて正 確に調整したはずなのに、なぜか時計に収めて使用しているうちに誤差が生じてしまう。フランス王室の御用達時計職人だったアブラアン-ルイ・ブレゲ(以下、初代ブレゲ)は、その原因が〝重力〟だと確信した。懐中時計は紳士のポケットの中では、常に直立状態になっている。そのため精度を司る調速脱進機の一方向に重力がかかり続けて動きが乱れ、結果として誤差(姿勢差)が生じてしまうというのだ。そこで初代ブレゲが考案したのが、調速脱進機を丸ごと回転させて重力の 影響を平均化させ、姿勢差を解消する方法だった。彼はこの機構を、フランス語で渦巻きを意味する「トゥールビヨン」と命名し、1801年に特許権を取得。画期的な高精度機構であったトゥールビヨンは、そのミステリアスな動きも相まって愛好家から支持された。しかしあまりにも複雑ゆえ、初代ブレゲが40あまりの時計を作って以降は製造されず、百年以上も忘れられた。この機構が再び登場したのは、1980年代になってから。初代ブレゲのトゥールビヨン懐中時計を研究し、そのメカニズムを小型化して腕時計に搭載できるようにしたのだ。それはパーツの加工精度や材料の進化、組み立て技術の向上などがもたらした結果であった。しかも単なる懐古趣味ではない。そもそも時計の姿勢が一定ではない腕時計には、姿勢差は生じにくい。ではなぜトゥールビヨンは復活したのか? それは時計文化を継承する、古典的でロマンティックな機構だったからだ。そして現代のトゥールビヨンは、時計を魅力的に表現する技巧のひとつになった。くるくると回転する見栄えのよいメカニズムは技術力を表現するに適した存在であり、各ブランドが独自の解釈を加えて、スケルトンなど新たなスタイルの研究を進めている。つまりトゥールビヨンとは、時計文化が紡いできた〝伝統と革新〟の軌跡なのだ。13端的に説明すると、パーツがくるくると回転する美しい機構。天才時計師が220年前に考案した古典的な高精度機構であり、そして現在は各ブランドの創造性を楽しむ機構でもある。①正確に振動運動を行うテンプとヒゲゼンマイを、キャリッジ(籠)に収めて回転させる。動力の伝達効率やパーツの重量、加工精度など、すべてが高水準でなければつくることはできない。②1808年に販売された「トゥールビヨン N°1188」。クロノグラフのような計時機構も搭載されていた。トゥールビヨン機構は裏側に収まっている。③特許文献に記載されているトゥールビヨンの図解。④特許権が認められたことを証明する書類。1801年の6月26日にサインされている。愛好家を魅了し続けてやまないトゥールビヨンとは?

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る