vol.1

アートに囲まれる暮らしが育んだ
「好き」を見つける楽しさ

居松篤彦|SHUMOKU CAFÉ オーナー

今回のNAVIGATOR

居松篤彦
SHUMOKU CAFÉ
オーナー

名古屋市東区の文化のみち 橦木館のSHUMOKU CAFÉを運営し、自身が育った地元の街から世界へ通用する現代美術を発信。

居松篤彦

SHUMOKU CAFÉ オーナー

家業が画廊を経営しているため、物心ついた頃には当たり前のようにアートが身近な存在だった居松さん。幼い頃からアートを見ることや売買することについて考え、自ずと本物を見る目、感性が磨かれてきました。日本画から浮世絵、西洋美術まで幅広く取り扱っており、特に現代アートに造詣が深く、グローバルな現代アートの動向をキャッチして新しい価値観を見出しています。
現在は事業を通して、アートに対する社会の関心を高める活動をされている居松さんに、全3回の連載で、アートの楽しさを教えてもらいます。

今日から始める、アートがある日常

絵を飾る生活に憧れてはいるものの、実際にアート作品を購入したことがある人は日本ではまだ少数派。なんだか不安だし、何が欲しいのか分からない。そんな方々のために、本物のアートと出会うための道筋をご案内します。

美術館で、直に本物と向き合う

王道ですが今の時代に美術館に身を置く時間は、とても大事だと思います。興味のある展覧会が開催されていたら、足を運んでみることですね。もちろんオーディオガイドを聞きながら鑑賞しても分かりやすいのですが、時には、自分が好きと感じた絵や心に残る絵はどれか、を意識して鑑賞することもおすすめします。そこから作品の解説を聞いたりアートの成り立ちを勉強したりすることも造詣を深める楽しみ方のひとつではありますが、まずは美術館で直に本物の作品たちと向き合うこと。自分の時間と足を使って展覧会に赴いてこそ、好きなアートに出会える喜びと、感性が研ぎ澄まされていく感覚を得られます。

愛知県内にもたくさんの美術館がありますね。県を代表する美術館のひとつ、愛知県美術館は愛知芸術文化センター10階にあり、国内外20世紀美術を中心に所蔵しています。そのなかには、ポール・ゴーギャン、パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、グスタフ・クリムト、パウル・クレーなど名品が含まれています。本物に出会うきっかけに訪れてみては。

左:愛知県美術館入口 右:展示室 ©宮本真治(有限会社シンフォトワーク)

愛知県美術館入口

愛知県美術館展示室 ©宮本真治(有限会社シンフォトワーク)

自分好みのギャラリーで、会話も楽しんで

街にはいろいろなギャラリーがあります。ギャラリーによって取り扱うアートのジャンルが異なるので、いろんな展覧会を見て、自分の好みにフィットするギャラリーを探してみましょう。
例外もありますが、一般的にギャラリーはアーティストの作品に値段をつけて販売しているところです。敷居が高いとも言われますが、その部分を楽しむのも良いと思います。
ギャラリーに行くと、展示している作品の説明や、作者のプロフィールを教えてくれるので、ギャラリーのオーナーやスタッフとの会話を楽しんでください。
アートの値段はさまざまですが、作品の実態や背景を知ることで、その値付けが自分にとって払う価値があるものなのかどうかを考えると、自ずとどこのギャラリーに行ったらいいのかが分かってきます。
ぜひ、ご自身の価値観や好みにマッチしたギャラリーを見つけてください。

取材場所として訪れた橦木館には大正ロマンの雰囲気が漂う

SHUMOKU CAFÉで出会うアート

アートに気軽に触れていただけるようにと、SHUMOKU CAFÉにはいろいろなアートが飾られています。取材時に飾られていたアートについて、お話を伺いました。

趣味への第一歩に、リトグラフのポスターを

初めて絵を購入するなら、例えばリトグラフのオリジナルポスターはいかがでしょうか。
アーティストが自身の展覧会のためにリトグラフで刷ったポスターは、オリジナルポスターと呼ばれています。リトグラフとは、大理石などの面に直接色を塗り、水と油の反発作用を利用した版画の手法です。
絵柄も文字もデザイン性が高いポスターは、インテリアにも映えます。
当時は数千枚も印刷されたポスターも、今では希少なものになりつつありますが、安価で手に入るものもまだあるので、趣味への第一歩として手に入れてみては。
SHUMOKU CAFÉで展示しているパブロ・ピカソの作品は、1957年にフランス、ピレネーオリエンタルにあるセレ近代美術館で開催されたピカソ展のポスター。同館は、ピカソとマティスが個人的に支援して作られました。
ファン・グリスの作品は、1973年のパリの展覧会のポスター。MOMA美術館でも人気の高い一枚作品です。

左:パブロ・ピカソ「Manolo Huget」 右:ファン・グリス「コップとレモン」

パブロ・ピカソ「Manolo Huget」

ファン・グリス「コップとレモン」

繊細なエッチングと、迫力のブロンズ像

エッチングは、ニードルを用いた線画で、酸による腐食を利用して金属板に溝を作る凹版技法の一種です。ドイツのルネサンス期のデューラーやオランダのバロック絵画のレンブラントなどの多くの画家は、エッチングをつくってから油絵を描いていたといいます。
銅版画の根源的な手法で光や色を表現しているところに魅力を感じますね。
写真のエッチングは、欧米や中国でも高い人気を誇るジャコメッティの作品です。かぼそく消え入りそうな線で花束と肖像画を描いています。
それだけでは寂しいので、複製のブロンズ像もおいてあります。

アルベルト・ジャコメッティのエッチング「fleurs」とブロンズ像の複製

アルベルト・ジャコメッティのエッチング「fleurs」

アルベルト・ジャコメッティのブロンズ像の複製

ファッション性を追い求めるなら、写真アートがおすすめ

アートには、絵画やオブジェだけでなく、もちろん写真というジャンルも存在します。写真は複製をいくらでも作れますが、オリジナルをコレクションすることが、知的財産を所有する文化活動として世界的に定着しました。
ウィリアム・クラインやアーヴィング・ペン、ロバート・メープルソールなど、ファッション性の高い作品や静物写真は、ハイセンスなインテリアとしても重宝します。

展示作品のウィリアム・クラインは、ヴォーグの初代のフォトグラファーで2021年現在93歳。女性が煙草をふかした写真がヴォーグの表紙を飾ったことは当時としては画期的で、ジェンダーの歴史も物語っています。これは1958年の作品でプリントは近年のもの。プリント技術がどんどん向上しているので新しいプリントにも価値があります。60年以上前に撮影された作品を今プリントアウトすることで、当時の世界観がよみがえり、まさに時代を映すアートといえますね。
ほかにも、森山大道や荒木経惟など日本人の写真家も海外での人気が非常に高く、杉本博司の写真作品が1億円を超えて話題になったこともありました。

ウィリアム・クライン 「Smoke &Veil, Paris」
サイン入りオリジナルプリント

定義のない現代アートを考える

「現代アート」とは何でしょう。その答えをはっきり出すのは、とても難しいことです。
世界的には、印象派から始まってキュビズム、シュールレアリズムに続く流れのことをモダンアートといい、それ以降が現代アートだとされています。
でも実は「モダンアート」と「現代アート」との違いは、あいまいなのです。
私は、現代アートとは、アカデミズムの美術の流れを継承しつつも、それぞれの作家自身が生きる時代に何をつくるべきかを考え、新進的なコンセプトを持って表現し、新しい価値をつくるものと捉えています。デュシャンが現代アートの父と言われていますが、まだその定義は定まっていません。
サザビーズやクリスティーズといった歴史あるオークションは、モダンアートと現代アートの部門を持っていますので、それぞれのウェブサイトを見てみてください。アートの世界の流れも分かりますし、高い知識と経験を持ったエキスパートが分類したアート作品が見られるので、おすすめします。
いまSHUMOKU CAFÉで展示している作品は、村瀬恭子さんの「リスの小道」。2007年の作品です。村瀬恭子さんは、少女を中心に据えた具象絵画を手がけるアーティストで、愛知県芸術大学出身。ドイツ・デュッセルドルフを拠点に制作を続けています。2010年には豊田市美術館で個展が開催されました。カフェの雰囲気ともマッチするので、長く飾っています。

村瀬恭子「リスの小道」

版画なのに一点もの、モノタイプの個性

モノタイプは、モノプリントとも呼ばれる版画技法です。まず版に直接インクや油絵具などで描画し、その上に紙をのせて圧力をかけ、描画したイメージを紙に転写します。モノタイプの「モノ」はギリシャ語であるMONOS(モノス)から由来した言葉で、このMONOSは「ただ一つの」という意味を持っています。版画とはいえ、その由来が意味するとおり、版から同じイメージが一枚しか印刷できないことが大きな特徴です。

展示作品は、鈴木広行の「UNTITLED」。名古屋在住の現代作家で、ヨーロッパでも何度も個展を開催しています。2000年頃より、東洋的な書の要素も感じさせる一点限りのモノタイプ技法の作品を多く発表し、その作品はヨーロッパを中心とした様々な国に収蔵されています。
「UNTITLED」は、シンプルながらも存在感のある作品で、転写したあとで削ることで、個性的な光を放っています。

鈴木広行「UNTITLED」

初回はアート入門として、さまざまなジャンルの紹介と、比較的手に入れやすいアートをご紹介しました。あなたの好きなアートへの道筋は見えてきましたか?
次回は、生活にアートが根付くことの魅力を、私が注目する作家の紹介も交えてお届けします。お楽しみに。

次回は10月下旬の更新を予定しています。

/////////////区切り線/////////////
SHUMOKU CAFÉ

名古屋市の公共施設「文化のみち橦木館」のなかにあるカフェ。
アート鑑賞しながらお茶をいただくことができ、文化交流の場としても親しまれています。
愛知県名古屋市東区橦木町2丁目18
TEL052-939-2850

居松篤彦 ATSUHIKO SUEMATSU

愛知県名古屋市生まれ。祖父は表具師、父は画廊経営という、芸術に携わる家に生まれる。関⻄⼤学社会学部を卒業後、家業である弥栄画廊にて近代美術全般を扱う。2015年、現代美術を紹介するギャラリーとして、名古屋にSHUMOKU GALLERYを開廊。2018年、同区でSHUMOKU CAFÉの運営をスタート。2019年、東京・日本橋にアートテクノロジーズ株式会社を設⽴。現在に至る。愛知県立芸術大学非常勤講師も務める。