アートが息づくライフスタイル
“アール ド ヴィーヴル”を求めて
居松篤彦|SHUMOKU CAFÉ オーナー
今回のNAVIGATOR
居松篤彦
|SHUMOKU CAFÉ
オーナー
名古屋市東区の文化のみち 橦木館のSHUMOKU CAFÉを運営し、自身が育った地元の街から世界へ通用する現代美術を発信。
SHUMOKU CAFÉ オーナー
現在は事業を通して、アートに対する社会の関心を高める活動をされている居松さんに、全3回の連載で、アートの楽しさを教えてもらいます。
芸術が、人生に豊かさと彩りを
「アートを買う」なんていうと、日本では、ハードルの高さを感じる人も多いのでは。でも欧米では、アートを買うことが文化として根付いていて、そんな暮らしをすることをアール ド ヴィーヴル (Art de Vivre)と表現しています。アール ド ヴィーヴルとは、”生活美学” や”暮らしの芸術”という意味のライフスタイルのこと。今回は、アートが息づくライフスタイルを通して、人生における価値観や美意識が変化する楽しみをお伝えします。
同じ価値観をシェアするということ
たとえば有名なブランドバッグを買ったとして、それを発信したら、同じものを持っている人や、それに興味を持っている人と繋がることができますよね。アートを買うこともそれと同じで、同じようなものを持っている人と価値観をシェアできます。有名なエピソードとしては、前澤友作氏がバスキアを123億円で落札した後、レオナルド・ディカプリオから直接メールをもらい自宅に招待され、アート繋がりで交流が始まった例もあるほどです。
価値に焦点を当てれば、バーキンやフェラーリなどのジャンルは、だいたいいくらで買ったかわかります。一方、アートはいくらで買ったのか、言わなければ人にはわかりません。たとえば、20年前には20万円で買えた草間彌生のカボチャは、いま同じものを買おうとすると5,000万円以上することもあります。その作品を所有している人は、先見の明があって20年前にその作品を気に入って手に入れたのかもしれませんし、事業が成功してからステイタスの一環として5,000万円で買ったのかもしれない。もちろんどちらが正解でもないし、その人に聞かないとわからない。
芸術を語るときに“価値”に焦点を当てることに抵抗がある人もいるかもしれませんが、所有者がその作品を買った当時の背景がわかると、価値観をシェアする相手も変わってきます。
だから私は、アートを買うということは、自分がそれにどんな価値を求めるかを楽しむことで、同じ価値観を持つ人とつながる面白さが生まれると思っています。 現在SHUMOKU CAFÉに展示中の、「Alberto Giacometti」と描いた白いキャンヴァスは、90年代の英国を代表する現代アーティスト、サイモン・パターソンの作品です。人名シリーズは全て1点ものなので、世界に1つしかないところが気に入っています。
美術品と共に過ごして、自らの成長を知る
流行モノやファッションアイテムとは違って、美術品は適切な環境にあれば、自分がいなくなった後もずっと残ります。手元にあって見慣れた作品であっても、10年後、20年後、30年後…いまよりも自分に教養や知性が身についてからそれを改めて見てみると、買った当時とは違う印象を抱くことも。アートというのは感覚ですから、人生でいろんな経験をする中で、目に入る情報の捉え方が変わるのは当たり前ともいえるでしょう。
私の場合は、いまの自分では理解できなくても、未来の自分はわかるのではないかと思ってアートを買うこともあります。未来の自分がどんな経験をして、どう変化し、その作品をどんな風に感じるようになるのか。いまはまだよく理解できないアートを眺めながら、自分の成長を気長に待ってみるものいいのでは。
居松流 アートの視点
私がアートを見る際に大切にしているポイントは、その絵がどの時代に描かれたものかを“横の線”で考察すること。横の線というのは、たとえば1960年に描かれた絵だとしたら、その作家はどんな社会情勢の中にいたのか、その頃のカルチャーのなかでどんなことを見聞きしていたのかといった、時代背景を知ることです。「1960年代に、この画家はどんな手がかりがあってこんな絵を描いていたのか」を調べることで、改めてそのアーティストの発想力、オリジナル性を知ることにもつながります。60年も前に、当時の画家がいまの私が好きと感じる作品を描いているのですから、それはすごいことですよね。時代を超えて、価値観をシェアしているとも言えるでしょう。私はそこに価値を見出しています。
描かれた時代は?どこで描いた?そのとき世界では何があった?何を着て、どんな音楽が流行っていて、どんな本を読み、どんな映画をみていた?その作家はどこでどんな情報を得ていた? そんなバックボーンを知った上で作品を見ると、楽しいですよ。
注目すべきアーティスト 山村國晶
まずは、これらの作品をご覧ください。
この作品は、名古屋在住で2021年現在79歳の山村國晶の作品です。彼は1960年代に東京で活動を始め、1970年代に名古屋に帰ってきたあと、鉤型の模様をテーマに描き始めました。まだキース・ヘリングが世に出る前のことです。
山村國晶は1960年代に武蔵野美術大学に通い、当時日本にいち早く紹介されたアメリカの抽象美術に触れています。大学在学中に、当時のもっとも感度の高い現代アートを紹介するギャラリーに足繫く通い、アメリカの現代美術アーティストから強い影響を受けました。写真のように、単一の鍵型のようなフォルムに到達したのは1970年代後半のことで、当時日本の美術に何が必要かと考えた上でこの作品にたどり着いたと聞いています。色彩は年代ごとに変化していますが、下書きをせず細い筆を用いてフリーに形をつないでいき幾重にも色を塗り重ねることで堅牢な画面を完成させる画法そのものは50年間貫いており、オリジナリティの高いポップな作風が特徴です。現代のように情報もなく、CGもなく、SNSもなく、自分の手と脳だけで描いていたことが、とても特殊な才能だと思います。
彼の作品は愛知県美術館などさまざまな美術館に収蔵されていますが、それでも山村國晶の存在は、まだ世に知られていません。こういった作家を発信し続け世に繋ぎ止めるのもギャラリーの大事な仕事ですから、私が運営していたギャラリーでも何度か展示をしたことがあります。
アール ド ヴィーヴルを、もっと身近に
お気に入りが、美意識を変える
家具や雑貨など、その人にとってお気に入りのものを部屋に置くと、部屋を綺麗に整頓しようかなとか、ほかの家具と合わないからレイアウトを変えようかな、などと思うきっかけになることがあります。アート作品も、人をそんな風に突き動かすアイテムのひとつ。部屋を飾るアートではなく、アートのための部屋をつくるなんてことがあってもいいのではないでしょうか。
それは何も、自宅に限ったことではありません。自分好みのインテリアやアートが置いてあるお店やカフェだっていいのです。たとえばSHUMOKU
CAFÉでは、世界的に知られているオランダのアーティスト、ビート・へインエイクのオリジナルのテーブル作品でティータイムを過ごしていただけます。何気ない違いですが、名古屋でより多くの方にそういった体験をしていただきたいと思って導入しています。
慌ただしい毎日の生活のなかで、ほっとひと息つく時間、お気に入りのアートが発する空気を、自然に、そして敏感に感じとることが、アール ド ヴィーヴルの入り口なのかもしれません。
第2回は、生活にアートが根付いた“アール ド ヴィーヴル”をテーマに、アートを所有することで生み出される価値観と美意識を、私なりの視点でご紹介しました。初回でおすすめしたギャラリーめぐりをしながら、どんなアートを取り入れたいか考えてみると楽しいですよ。
次回は、同じ場所でもアート作品によって見え方がまったく変わることの驚きを、実際に撮影した写真と共にお届けします。お楽しみに。
次回は11⽉下旬の更新を予定しています。
SHUMOKU CAFÉ
名古屋市の公共施設「文化のみち橦木館」のなかにあるカフェ。
アート鑑賞しながらお茶をいただくことができ、文化交流の場としても親しまれています。
愛知県名古屋市東区橦木町2丁目18
TEL052-939-2850
居松篤彦 ATSUHIKO SUEMATSU
愛知県名古屋市生まれ。祖父は表具師、父は画廊経営という、芸術に携わる家に生まれる。関⻄⼤学社会学部を卒業後、家業である弥栄画廊にて近代美術全般を扱う。2015年、現代美術を紹介するギャラリーとして、名古屋にSHUMOKU GALLERYを開廊。2018年、同区でSHUMOKU CAFÉの運営をスタート。2019年、東京・日本橋にアートテクノロジーズ株式会社を設⽴。現在に至る。愛知県立芸術大学非常勤講師も務める。
※掲載品は2021年10月28日時点の取り扱い商品・価格です。商品の内容や価格は変更になる場合がございます。
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